kimuchiのブログ

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    《礼節と儀式》第三章礼拝と教会生活礼節

金正男氏死亡競争相手排除 後継脱落後、中国が「保護」

金正男氏死亡 正恩氏 競争相手排除 後継脱落後、中国が「保護」


 読売新聞:2017年2月15日5時0分


【ソウル=宮崎健雄】北朝鮮の金正日キムジョンイル総書記の長男で、金正恩キムジョンウン朝鮮労働党委員長の異母兄にあたる金正男キムジョンナム氏が殺害されたとされる理由について、韓国の専門家などからは、正恩氏が今後、関係が悪化している中国から排除され、正男氏を後継に据える体制変換の芽を摘むためだったとの見方が出ている。


 正恩氏は、中国との橋渡し役だった叔父の張成沢チャンソンテク氏ら140人以上の幹部を処刑したほか、核ミサイルの開発を加速し、中国が反対する中、無通告で核実験を実施。中国は正恩氏を持てあましているとされる。


 一方、中国は正男氏が後継レースから外れた後、中国内やマカオに滞在させて事実上「保護」してきたとされる。


 北朝鮮研究機関「コリア先進化連帯」(韓国)の金光仁キムグァンイン所長は正恩氏の殺害指示が事実だった場合、「中国が、今後、正恩氏を排除して体制変換を図る可能性があると考え、その際の後継指導者として使われる可能性のある正男氏を事前に排除した可能性が高い」と分析する。


韓国の「TV朝鮮」も「正恩氏が潜在的な競争者である兄を暗殺したという観測が有力視されている」と報じた。


 中国の北朝鮮関係筋は本紙に対し、「殺害の理由かどうかはわからない」としつつも、「正男氏が最近、周囲の人々に正恩の統治手法に対する批判を繰り返していた」と語った。


「恐怖では国を統治できない」「張成沢の姿は将来の正恩の姿だ」と公言し、これが正恩氏の耳に入り、正恩氏は激怒していたという。


正男氏 一時は最有力後継候補【ソウル=井上宗典】マレーシアで殺害されたとされる金正男キムジョンナム氏は、金正日ジョンイル総書記の2番目の夫人、成恵琳ソンヘリム氏との間に生まれ、一時は金総書記の最有力後継候補だった。


 しかし、正男氏とみられる人物が2001年5月、偽造旅券で成田空港から家族らと不法入を試み、国外退去処分になったことが、金総書記の逆鱗げきりんに触れ、後継争いから脱落したとされる。


この人物は不法入国時、日本の入国管理局に「ディズニーランドに行きたかった」と話していた。


 聯合ニュースによると正男氏は近年、マカオや中国などを拠点に海外生活を送っていたが、13年12月、正恩氏の叔父の張成沢チャンソンテク元国防委員会副委員長が処刑された後はシンガポールど東南アジアに居住していたという。
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狙われていた?正男氏 異母弟・正恩氏と対立 マレーシアの空港で殺害か

朝日新聞:2017年:2月15日05時00分

 北朝鮮の故金正日(キムジョンイル)総書記の長男、金正男(キムジョンナム)氏が13日、マレーシアで死亡した模様だ。複数の関係筋によれば、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の指示で殺害された可能性が高いという。


 北朝鮮は徹底した1人独裁体制で、正男氏の安全を危ぶむ声は以前から出ていた。


 正男氏は金総書記と故成恵琳(ソンヘリム)夫人との間に生まれた。経済改革に意欲を示すな、一時は有力な後継者候補として活躍した。だが、金総書記が成夫人と離別した後で故高英姫(コヨンヒ)夫人との間に生まれた金正哲(キムジョンチョル)、正恩兄弟と対立した。


 正男氏は2001年5月にドミニカ共和国の偽造旅券を使って日本入国をはかり、強制退去処分を受けた。このとき正男氏の搭乗地のシンガポール警察が韓国を経由して情報を日本にもたらしたという。


韓国政府は当時、正哲、正恩兄弟を支持する勢力がシンガポール側に情報を流したとみている。


 朝鮮労働党内部でその後、高英姫氏を称賛する「朝鮮人民軍の母運動」が起きた。08年ごろ、ハンガリー滞在中だった正男氏が暴漢に襲われ、ハンガリー政府が北朝鮮に事件の再発防止を求める公文を送ったことも、韓国政府は確認している。


一連の動きは、金総書記が権力闘争の過程で、異母弟の金平一(キムピョンイル)駐チェコ大使らを「キョッカジ(枝葉)」として排除した政治闘争を教訓にしたとされる。


 北朝鮮は徹底的な1人独裁政治で、指導者のみがすべての情報を握る。権力に挑戦する可能性がある「ナンバー2」は置かず、その可能性がある人物は張成沢(チャンソンテク)元国防副委員長のように排除された。


 特に正恩氏が権力を継承した根拠は血統しかない。抗日パルチザンの英雄だった祖父、金日成国家主席や、権力継承まで約20年の準備期間があった金総書記に比べて、後継者としての正当性が極めて脆弱(ぜいじゃく)だった。


 このため、同じ金総書記を父に持つ正男氏は、正恩氏にとって自身の地位を最も脅かす存在だったとされる。正男氏と正恩氏は別々の場所で育てられ、面識もなかったという。


 韓国政府によれば、正恩氏は疑心が強く、これまで100人以上の党高級幹部を処刑したともされる。正恩氏は、実兄の正哲氏にも忠誠を誓わせる手紙を書かせて平壌市内のホテルに幽閉し、信用する親族は実妹の金与正(キムヨジョン)氏や異母姉の金雪松(キムソルソン)氏ら女性だけとされる。


 正男氏は01年に日本入国をはかった事件後、後継者争いから脱落し、マカオやシンガポール、マレーシアなどを転々とした。11年12月に死去した金総書記の葬儀にも出席できなかった。


 こうしたなか、中国は、正男氏の安全を保証するよう非公式に北朝鮮に求めていたとされる。正男氏は過去、メディアのインタビューに応じることもあったが、正恩氏が権力を継承した後は自粛。外部への露出を避けて、権力に意欲がない姿勢を示していた。(ソウル=牧野愛博)


  ■金正男氏の動静に関する主な情報


<2001年5月> 日本に不法入国しようとした正男氏とみられる男性を、
          政府が国退去処分


<02年2月> 北京の北朝鮮大使館に滞在と韓国紙が報道


<04年9月> 北京空港によく似た男性が現れ、報道陣に自身が正男氏であると認める


<07年1月> マカオで目撃される


<09年1月> 北京入り。空港で金正日総書記の後継者問題について「父が決める」
        と発言       


<11年12月> 金正日総書記が死去


<12年2月> マカオでクレジットカードを使えずホテルから追い出されたとロシア
        紙が報道


<14年5月> インドネシア・ジャカルタのレストランに女性と現れたと韓国のテレ
        ビ局が報道


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