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二階俊博・自民党幹事長が中国人ビジネスマンに脅されていた

二階俊博・自民党幹事長が中国人ビジネスマンに脅されていた
2017年12月20日 11時0分 NEWSポストセブン 
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丸山議員が世間に訴えるかもしれない政治家スキャンダル
『日韓議連の場合』
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「何が起きていたんだ」──警視庁詰めの社会部記者たちは、事件の情報を掴んだ時に色めき立った。解散・総選挙の真っ最中に、政権与党の大黒柱である二階俊博・自民党幹事長が“大物中国人経営者”に脅されていたことがわかったのだ。


それを受けて警視庁捜査一課が「強要未遂容疑」で大がかりな強制捜査に着手したのだからそれも当然だった。


 ところが、この事件は警察の発表事案にならず、記者たちが知った時は、すでに事件は“解決”された後だった。捜査は不可解な経緯を辿り、メディアは今に至るまで一切報じていない。一体、二階氏はなぜ脅されたのか。


 本誌は捜査関係書類を入手し、日中関係に影響を与えかねない事件の核心を掴んだ。まずは経緯を辿っていく。


 事件が弾けたのは2017年9月26日、折しも衆院解散の2日前で、小池百合子・東京都知事の「希望の党」結党宣言で政界に激震が走り、国民もメディアに視線を釘付けにされていたタイミングだった。


 その日、警視庁捜査一課の捜査員10数人が中国籍の会社経営者・王俊彦氏の自宅や関係先に捜査に入り、王氏を逮捕した。


 王氏は上海出身で1988年に来日。不動産コンサルティング会社などを経営し、中国政府が関わる日中間の大規模ビジネスを展開、中国国営企業の日本法人や大手投資会社の顧問などを務めている。在日中国人社会では名の通った“大物”だ。「駐日中国大使館とも太いパイプを持つ」(公安関係者)とみられている。


 事件のカギを握るのは王氏の会社が買収した静岡県小山町のセミナーハウス「東富士リサーチハウス」の倉庫から押収された段ボール約40箱分の資料だった。捜査一課の「押収品目録」にはこんな記載がある。


〈段ボール箱(「衆議院議員二階俊博」等と記載のある封筒在中のもの) 2箱〉
〈段ボール箱(「新しい波」の契約書類等在中のもの) 1箱〉
〈段ボール箱(「金銭出納帳」等と記載のある書類等在中のもの) 1箱〉
 ──など。「新しい波」とは旧伊吹派と合併する前の二階派の正式名称であり、派閥の経理資料などが保管されていたことが読み取れる。この段ボール資料が強要未遂事件の“材料”になった。


◆「大変なものがある」
 捜査令状(勾留状)に添付された被疑事実の要旨に事件の概略が書かれている。
〈被疑者は、株式会社〇〇の取締役であるが、自由民主党幹事長二階俊博が同派閥事務所の閉鎖に伴い、同事務所の書類等を△△株式会社が管理していた倉庫であるMother Village東富士リサーチハウス内に保管依頼していたところ、平成26年10月17日、株式会社〇〇が同倉庫の所有権を取得し、前記書類等も同時に入手したことを奇貨として、平成28年11月4日午後1時頃、二階俊博の二男である二階直哉(当時44歳)を被疑者が顧問を務める××に呼び出し、「東富士リサーチパークを買い取った。そこにあった荷物は大変なものだった。


これを流せば大変なことになる。」「まだまだ大変なものがある。」などと同派閥「新しい波」名義の通帳の写しや事務連絡メモ等を示して、同人の父である二階俊博の名誉に害を加える旨を告知して脅迫し、(中略)政治家である同人の父親に働きかけさせて義務のないことを行わせようとしたが、同人がこれを拒否したためその目的を遂げなかったものである〉(要旨内では〇〇、△△、××は実名が記されている)
 王氏が段ボール箱の書類を「奇貨」として二階氏に何らかの“口利き”してもらおうとした。それが強要未遂にあたる──とする内容なのである。


 要旨の中には、王氏が二階氏サイドに求めた具体的なビジネス案件として、都内ターミナル駅周辺の大規模再開発事業が記されていた。運輸大臣(現国土交通大臣)を務め、国交族の大物として知られる二階氏の影響力を期待した形跡がうかがえる。


 事件の被疑事実からはいくつかの謎が浮かぶ。東富士リサーチハウスはかつて二階派が研修セミナー会場として利用していた施設である。


 警視庁の捜査文書では二階事務所が経理資料を施設側に「保管依頼」していたことになっているが、前の所有者である不動産会社A社は2009年に民事再生法を申請し、そのときに施設は閉鎖された。A社の担当者は、「二階派の資料が保管されていたことは全く知らなかった。当時の社員はほとんど残っていないので経緯もわからない」と答えた。何年もの間、保管料さえ払われないまま段ボールは眠っていたことになる。


◆「中国大使館から持ち込まれた」
 王氏はどんな経緯でその施設を所有することになったのか。現在釈放されている王氏を訪ねると、取材に応じた。


「あの施設を買ったのは2014年10月です。中国大使館からある団体を通じて『建物を改修すれば中国人向けの観光・宿泊施設に利用できるのではないか』と私に話が持ち込まれた。大使館とか、仲介者の顔が立つように資金を集めて買い取ったら、100箱近い段ボールが出てきた。


中には二階さん本人や、二階派議員の物と思しき資料が入っていた。最も新しい資料には2014年8月15日と日付がありました。そのうち押収されたのは約半分でした」 証言通りであれば、2009年に施設が閉鎖された後も、2014年まで二階派の資料がひそかに持ち込まれていたことになる。


 王氏は、逮捕の経緯に強い怒りを感じているようだった。二階氏に接触しようと考えた理由について、こう続ける。


「上海には日本資本の世界最大級の超高層ビルがあり、ホテルや日本企業のオフィスなどが集中的に入居している。私は以前から日本に中国資本のシンボル的なビルを建設するプランを持っていたが、なかなかいい感触がない。


そこで事業を通じて面識のあった発電事業会社の役員だった二階直哉さんに、“お父さんのような力のある人に話をしてもらったら、対応がもう少し違ってくるかもしれない”という話をして、その時に資料の話をしたのも事実です。それが2016年11月でした」
 だが、その“依頼”が実を結ぶことはなかった。


◆二階氏へのメール
 直哉氏との“交渉”が失敗すると、王氏は二階氏に直接コンタクトを取った。その“働きかけ”は1年近く続いたという。


「二階先生とは数年前から日中交流のパーティーで何回かお会いし、携帯電話番号も交換していた。そこで、直接電話やメールで二階さんの資料を持っていること、日中友好の事業についてお話ししたいことを伝えると、会うと言いながら、なかなか実現しない。


あまりに不誠実な対応だったので、手紙に資料のコピーを同封して送ったこともあります」(王氏)その内容というのが、〈日中関係の逆風の中で両国の友好の為に尽力されている事、尊敬しております。


なのでより二階先生を大事にしなければなりません。同封の一部コピーを読めば、わかっていただく事と思いますが、変な人の手に渡ると二階先生のみならず、旧保守(旧保守新党)の先生の方々、銀行、国土交通省等方々にもご迷惑になります〉というものだ。


 そして衆院解散が迫った2017年9月22日、王氏は二階氏に〈こちら誠意を持って、何回も連絡しましたが、なんの返事もありません。26日を期日とし、明確の返事ない場合は、各コピー、特捜部と主なマスコミに送ります〉というメールを送った。


その最終期限の9月26日に王氏は「直哉氏に対する強要未遂容疑」で逮捕されたのだ。
 王氏はいまも捜査に納得いかない様子だ。


「資料についても直哉氏は『ゴミみたいなもの』と問題にしていなかった。それを『強要』といわれ、1年ほども前のことでいまさら逮捕されるなんて理解できません。そもそも私は、二階さんにはずっと連絡していましたが、直哉さんとは、昨年(2016年)11月4日以来、一切連絡を取っていなかったのですから」


◆不起訴処分
 ここまでの経緯を一言でまとめてしまえば、「二階親子を脅した中国人が逮捕された」ということである。日本の与党トップを脅迫する“重大事件”であるのだから、「日本の法律で裁き、その罪を償わせる」という流れになって当然だろう。日中関係を考慮するにしても、中国への強制送還という処分が自然に思える。ところが──。


 その後、事態は不思議な展開を見せた。
 逮捕から9日後の10月5日、直哉氏の代理人は王氏の代理人と「王氏はこの件についてお詫びし、二度と同じようなことをしないことを誓うことを約する」「資料を二階事務所に返還する」との示談書を交わして、被害届を取り下げたのだ。


 王氏は翌6日に釈放され、検察は不起訴処分を決めた(10月30日)。
「強要未遂罪」は非親告罪で被害届がなくても検察は起訴できるが、「示談で被害届が取り下げられると情状を考慮して検察が容疑者を不起訴にするのはよくあること」(元検事の落合洋司弁護士)という。


 二階氏側はなぜ、自分を脅した王氏がすぐに“赦免”されるような対応を取ったのか。約40箱の段ボールの中に早く取り戻したい重要な資料が含まれていたとすれば、どんな資料だったのか。あるいは、二階氏側は事件が大きくなった場合の日中関係に与える影響を心配したのかもしれない。


 二階氏は自民党きっての親中国派政治家として知られ、現政権の日中関係の最重要キーマンだ。


 2017年5月には安倍首相の親書を携えて訪中し、習近平・国家主席と会談、冷え込んでいた日中関係の改善に大きな役割を果たした。この年末にも、12月24~29日の日程で与党訪問団を率いて訪中を予定しており、習氏とも再び面会する方向で調整が進められている。


 そんなタイミングで“大物中国人”とのトラブルが降って湧いたのだから、恐るべき偶然である。


 過去、日中間では、故・橋本龍太郎元首相の“中国人愛人”問題(*)をはじめ、親中派とみられた政治家たちほど、中国絡みのスキャンダルに見舞われてきた歴史がある。


【*1996年、当時の首相・橋本龍太郎氏と中国人女性との親密な関係が発覚。女性が情報工作員だったことから、“ハニートラップ”の疑いが浮上した】


「中国側にすれば、反中国派の政治家を籠絡するのは難しい。親中派の政治家にトラップを仕掛け、弱みを握って自分たちの意向を実現しやすくするのが常套手段です」(公安関係者)


 今回の事件について、二階氏、直哉氏に聞いた。二階事務所へは何度も返答を求めたが、期日までに回答はなかった。


 直哉氏へは、二階事務所に質問書を送った数分後に携帯電話に連絡し、こちらが名乗ったところ、「質問をいただいているみたいですよね?」と、すでに情報が伝わっている様子だった。直接尋ねたい旨を伝えたが、「(質問書が)届いたっていうことでしょう? それなら結構です」と遮られた。


 多くを語ろうとしない「被害者」。“隠したいもの”があるとしたら、一体何なのだろうか。このような中で、果たして二階氏はどのような思いで訪中するのだろうか。


※週刊ポスト2018年1月1・5日号
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70年代、勝共運動をやってきたものにとってははがゆい現在の日本がやられっぱなしで
危機回避できない現実。


韓国を批判してはならないという現在の勝共運動が大きく停滞しているが故、組織運営になんの意義があるのだろうか?
という疑問がいつもわいてきている。


当時は映写機を持参して主な公民館を活用して時局講演会をよくやったものです。
現在はその活動も上からの圧力?トップダウン?等々で献金摂理に方向転換させられています。


『日韓議連』だとか『日中議連』などは国家ぐるによるスパイ工作であることは明白


ここまでくると救国運動はネットを駆使して個人個人がその責任において果たさなければなりません。内部啓蒙も当時は「重要な位置ずけ」でしたが、今日のこの現状では『中国革命工作』や『韓国工作・ロビー活動』などが功を奏しているではありませんか?

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