kimuchiのブログ

改ざん前のみ言葉と動画で真実を訴えてまいります!

教会が一つから二つに分かれそのようにして三回に分かれると
神は去ってゆきます。天理の原則はそうなっています。
恵みのある家庭は教会に行きません、家庭でひれ伏して祈祷します。
    《礼節と儀式》第三章礼拝と教会生活礼節

安山教会学生部長(二世)の宣言文です。

安山教会学生部長(二世)の宣言文です。  mineji motoyama
  発信元: gmail.com  2018/12/18,


先輩諸氏の先生方、友人食口、ホン宣教師の皆さん


2018.05.31 前、安山教会学生部長(二世)の宣言文です。愛する食口たち、そして弟(妹)たちに捧げるメッセージ



事件の経過を見ていた後任の学生部長(チョ・ヨンジュ、二世)の心情日記です。彼女は鮮文大学の学生です.


愛する食口たち、そして弟(妹)たちに捧げるメッセージ


 安山教会で公職者として過ごした4年間の時間を振り返ってみました。「ビジョン2020」を望みながら現場において実体的希望を作らなければならないという動機で休むことなく走ってきましたが、私が天の前にお返し差し上げた今までの結果は目標としてきた実績には及びませんでした。崩れつつある祝福の伝統を何とかして守ろうとしても、せいぜいもがくことしかできない小さな存在であることを実感しながら、惜しさを越えて天の前に申し訳なさを感じます。


   今から私が語ろうとすることは、過去6ヶ月の時間にわたり、果てしなく苦悩し、質問して得た結論であり、私の両親を含めた全ての先輩家庭、そして後輩たちと共に何日間でも討論したい内容です。どのように話を始め表現すべきか分からず、心が赴くままに率直に書いてみようと思います。どうか私の真心を込めた声を最後まで聞いて下さればと思います。


   結論から申し上げると、私たち夫婦は真の家庭の長子である顯進様が歩んでこられた足跡と、これからの歩みを支持します。また、顯進様が神様と摂理の前にどういう姿勢を持って、どんなことをしようとなさるのかについて、全ての祝福家庭が明確に見て知り、共にすべきだと思います。


 
  私が顯進様を支持する理由は、神様に対する真のお父様の伝統が顯進様にそのまま伝えられていると感じるからであり、家庭連合においては失われてしまった「神様の摂理」が真の家庭の長子である顯進様を中心に続けられていると確信するからです。


    私は高校生時代にJr.STFをはじめとして、大学生STF、iSTF指導教師など、顯進様が立てて下さった教育課程を通じて神様の心情と真の父母、真の家庭の価値を理解しました。その基盤の上で祝福を準備し、神様に侍る家庭を成すことができました。


顯進様から学んだ多くの事柄の核心は、「神様と真の父母様が成したい夢を子女として実体的に成してさし上げよう!」ということでした。それで過去に顯進様がいわゆる分派として烙印を押される時、その当時教会で言いふらされた「お父様に対立しようとする、権力を貪る」などの顯進様に関する噂は真実ではなく、何かが間違っていることを強く感じました。


ところが私は顯進様が家庭連合と歩みを異にする時、訴訟によって困難に遭われる時に軽い気持ちで受け止め、その事情がどうなのか調べようともしませんでした。


私の弁明は「真の父母様」でした。明確な原理的理解が足りず、ただ漠然と「真の父母様がおられる所に摂理がある」と思いました。それ以上は知ろうとも考えようともしませんでした。そして家族の犠牲を甘受する勇気がなかったことも大きく作用しました。


両親は公職者で、教会でいわゆる分派と規定した所について子女が見知ろうとする動きを取った時に私の両親に具体的被害が及びかねないと思いました。30年以上み旨の道に従ってきた両親の名誉を人々が自分たちの思うままに勝手気ままに汚さないか心配になり、もしや私の行動によって両親が公職を剥奪されたりしたら、現実的に経験させられる経済的な困難も恐怖でした。


  しかし今ではそういう理由が天の前にどんなに申し訳なく、責任感のない言い訳だったのかを切に感じています。切迫した摂理の困難さに背を向けて、まともに調べようともせずに固執ばかりしてきた盲目的な信仰と、良心を隠してまで守ってきた人生の基盤が、つい最近生まれた3世の子供の前に親としてあまりにも恥ずかしくなりました。


結果的に、私を含めた全員の傍観によって招来した現在の教会の諸問題は、今まで真のお父様が命をかけて守ってこられた神様の摂理の方向性とは明らかに「違う」という結論を下すようになりました。


  何が違うのでしょうか。「家庭連合が初期の摂理的役割を果たしていない」という結論を導出する過程において様々な原理的苦悩があり、その中で私たちの家庭の決心を固めさせた最大の「二つの理由」について話してみようと思います。



まず第一に、真のお母様の「本然の役割」に対する質問です。敢えて真のお母様に対してあれこれ言い立てるのかと言われるかも知れませんが、真のお母様の為にも本当に重要な質問です。皆さんは「独生女論」について聞いたことがありますか。


お母様が直接主導する独生女論の核心は「真のお父様は有原罪、真のお母様は無原罪で生まれた」、「キリスト教の2000年歴史は真のお父様ではなく真のお母様の為の歴史だ」、「真のお母様によって真のお父様の原罪が消された」といった信じられない内容です。何という話にもならないことを言うのかと思われるかも知れませんが、これは事実です。皆さんも直接調べて確認してみるべきです。


  真のお母様の神格化も問題として感じます。聞いたところによれば、真のお父様はかつて「神格化されたイエス様」を哀れに思われたそうです。イエス様は人々に父母であられる神様を知らせてあげようとしたけれども、信徒たちがイエス様を「神」として奉じ、むしろ実存される神様を眺めなくなったからです。


真のお母様が神様と真のお父様と完全に一つになった、私たちとは違う超越的存在だと語り、独生女論のようなお母様の誤った主張までも私たちの共同体において神様のみ旨であり、真のお父様の意志だと判断してしまうなら、キリスト教が人間であるイエス様を神格化して、神様を失っていった過程のように、私たちも神様から遠ざかりつつあるのではないでしょうか。


最大の問題は真の家庭の三大王権の崩壊です。ずいぶん前から私自ら理解しようと努力し、弟(妹)たちに正しく知らせてあげる為に全力を尽くして苦悩してきた内容です。家庭盟誓にも明示されているように、祝福家庭も神様を中心に過去を代表する祖父母、現在を代表する父母、未来を代表する子女、即ち三大王権を完成することを誓っています。


しかし人類と祝福家庭の前にモデルの基準を見せてあげるべき真の家庭に、客観的に三大王権の理想が立てられたとするのは難しそうに見えます。真の家庭を非難しようとして言及している内容ではありません。私は三大王権の理想が立てられた真の家庭の基盤から始まる具体的な神様の摂理について心配しているのです。


  多くの方々が「子女様たちが真のお母様を中心に戻って来れば良いのに...」と言います。しかし真のお母様を中心とするということが正しいのでしょうか。私が学んだ原理では、いつも中心は神様です。ですから真のお母様も神様が立てられた原理とみ旨を脱してはならないと思います. また真の家庭にも未来がある為に三大王権が立てられなければならないはずです。そうする為には長子家庭が立てられることが神様の立場において切実だ思います。


お母様が頭を下げて子女に屈服しなければならないという反人倫的な内容を言っているのではありません。原理的に考えると、真のお母様が神格化された中心者になるのではなく、真の家庭の三大王権完成を成すにおいて重要な立場である長子家庭を協助することがお母様の「本然の役割」だと理解することができます。


 第二の理由は、現家庭連合の教権濫用と非原理的歩みの故です。摂理的に、原理的に、良心的に納得できない幾多の問題について、絶対服従という誤った理解から「真の父母」という名前が使用されています。「真の父母がすることなので意味があるだろう」「真の父母がすることを人間的に理解しようとしてはならない。危ない考えだ!」「神様とお父様とお母様は一つになられたから...」このような理解は神格化のもう一つの病弊です。


 
  私たちの家庭が本格的に摂理に対し苦悩し、深刻に精誠を始めるようになった契機は、去る4月に清平で進められた 「地区連合礼拝」への参加です。連合礼拝の核心は「献金を沢山してこそ実体の天一国が成され、真のお母様が率いる摂理が進められ得る」と理解されました。話にもならない献金誘導方法とその説明、そのように集められた献金の使用名目が全く神様の摂理と関係があるのか疑問でした。


集められた献金をもってお母様の愛で人類を抱く為に苦悩するよりは、完成されたHJ天苑団地の威容を通じて世の中の前に独生女の地位を見せてやろうというのが目的のようです。私の良心は、この全てが根本的に間違っていると感じます。


  事実、献金をもって私たちがすべきことは、人類の為の祝福運動のようなことではありませんか。しかし祝福は初期の目的を失いつつあり商業化されつつあるように見えます。皆に分けてあげるべき祝福はいつのまにか真の父母に従う少数者の「特権」になっています。教権の不当さを指摘する食口たちはもはや祝福家庭ではなく、その子女たちも祝福を受けることができないという現家庭連合の横暴は、全人類の復帰を願われる神様の心情とみ旨に反するものであるのみならず、現状況の矛盾をそのまま示す代表的事例です。


原理を知らない無知が招いた結果です。祝福の価値は誰かが気ままに奪うことができるものではないのみならず、神様を中心として人類全体が実感し完遂すべき普遍的価値であると私は思っていますが、私が誤解しているのでしょうか。



現場で食口たちが実感される幾多の問題点の原因は何ですか。家庭内の信仰的葛藤、子女の信仰問題、祝福問題など、全ての問題の原因は教育がまともに成されずにいるからです。世の中の前に祝福家庭がモデル的代案となり、神様を中心とした国家復帰の摂理的課業を成す為には、全ての祝福家庭構成員たちの為の教育に絶えず投資し、1年365日休みなく、食口たちの生活内の成長に力を尽くすべきでしょう。


しかし現家庭連合が考える教育とは、ただ「献金してこそ福を受ける」「アベルの前に絶対服従すると天国に行く」「独生女である真のお母様が全てして下さるので信ぜよ」といった内容だけのようです。こういう式の流れがずっと続けられるなら、二世圏の定着が難しくなることは勿論のこと、次の世代には如何なる希望も残り得ないでしょう。


 
  今教会で言う摂理とは、独生女論を中心とした少数の権力者たちが、原則もなしに勝手気ままにすることになってしまいました。教会において食口たちとは献金する存在であるのみ、共に神様の夢を成し遂げる「主人」として、「同志」としては考えないことは明白です。



  長い話を整理するなら、現家庭連合は教勢誇示を通じた独生女の地位定立の方向性を取っており、神様の理想国家を立てようとする目標は忘れてしまったようです。教会の暗黙的な目標は、神格化された独生女の絶対権力による 「統一教という一つの宗教団体の定着」に焦点が合わせられているようです。そして、いつかその絶対化された権力はお母様以後の他の教権者たちに伝達する宗教歴史の病弊を踏襲すると思います。


  上で羅列したこのような方向性が、真のお父様が神様の夢を成し遂げる為に投入された文化や摂理的内容とは明白に「異なる」ということを感じ、その結論が私たち夫婦の決心を固めさせました。


皆さんもご存知でしょうが、顯進様に対し支持することは現教権に対する挑戦として受け取られタブー視されてきた行為です。愛する食口たちと弟(妹)たちの前に私は適当な覚悟を持って決心を表明するのではありません。摂理歴史を率いてこられた神様と、絶対的孝の姿を自ら見せて下さった真のお父様、誤解と逼迫を冒してでも天を慰め真の家庭を守り真のお父様の遺業を実体的に成していく為に歩んでこられた顯進様の事情をちゃんと知るようになった時、私の良心の声を正しく聞くことができました。そして、専ら顯進様だけが真のお母様を本然の位置に再び連れてくることができ、歪んでいきつつある教会を正すことができるとも確信します。



過去1ヶ月間、公職者の立場で私が夜昼なしに祈祷してきた内容は「食口たちと弟(妹)たちの前に如何なる行動が責任感ある姿か」という苦悩です。現二世公職者家庭が教会を批判し顯進様を支持した時、食口たちが感じる混乱を考え、静かに公職の座を下りるべきかとも思いました。しかし反対にそれこそ責任感のない行動だという結論を下しました。



  慎重に言及しますが、ここ安山はセウォル号に対する痛みがある所です。教会で展開される幾多の問題を座視し、弟(妹)たちを捨ておいて一人で静かに去ることは、セウォル号が海に沈む時に「心配せずに現在の位置を守れ」と言った案内放送や、乗客たちの脱出に力を尽くさず自分たちだけ降りてしまった船長と船員たちの立場と似ているかも知れないと思いました。訳が分からずに座っている乗客たちを頭ごなしに押さえつけ胸ぐらを掴んででも現在直面した困難を切り抜けていこうとする切実な意思を実感します。



  私は公職者として私の良心をかけて私たち共同体が誤った方向に流れていくことを正す為の努力をする所存であり、顯進様が追い求められる方向を支持し、多くの食口たちに知らせる為に最善を尽くそうと思います。



この声明発表以後、自分の切実な希望とは異なり、もはや教会の全ての食口たちが私を歓迎せず、話を聞こうとしないかも知れません。しかし私たちの家庭のこの小さな叫びによって、神様を中心として「食口」という名前で括られたこの共同体がどうか少しでもより真剣に悩み求めるようになることを願います。食口の皆さん、本当にこのままで良いのですか。共に全てを正しく立てる為に、この時代の祝福家庭として摂理の主人になって努力して下さることを強く要請致します。



  今のこの短いメッセージによって「真実」という内容に至ることは難しいと思います。これからがスタートです。全ての食口たちが現在の状況を実感することができるように私どもの家庭が先頭立ち、共に真実を追い求めるように全力投球する所存です。格式張らない後輩家庭として、兄として、今まで共にしてきた姿そのままでアプローチします。どうか偏見なしに眺めて下さり、真心を理解して下さるようお願い致します。


  家庭連合と祝福家庭が直面した困難を克服し、神様と摂理の前に正午定着の立場になることを「食口の構成員」として懇切に望み祈りながら、


 
2018年5月31日 林孝原/加藤思帆家庭 拝
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祝福家庭の皆様へ


 こんにちは。私は祝福二世のチョ・ヨンジュです。今までの5年間、京畿南部の安山で成和学生部長をしていました。現在は鮮文大学神学純潔学科に在学中です。



去る5月31日、安山教会で大きな事件がありました。私を含む成和青年たち全体を指導してくださったイム・ヒョウォン二世部長が独生女論の矛盾をはじめとする現家庭連合の問題点や顯進様の正当性を訴える声明文を発表しました。その後、安山教会に多くの混乱が生じ、私もまたその混乱の最も大きなダメージを受けた1人です。


私は部長が去った後、部長として歩んできましたが、その過程において摂理的な悩みが生じ、多くのことを正しく知るために努力しました。そのような私の姿を見た方の誤解と不信により、去る12月2日の日曜日、もうそれ以上、私は学生部長として歩むことができなくなりました。



私が悩んだ内容のすべてと、今後、私たちのコミュニティが進むべき方向に関して、公職者の皆様、そして祝福家庭の皆様と分かち合いたいことがとてもたくさんあります。しかし、私は一介の学生であり、声明文のようなものを書いたとしても、何の力も影響力もないことを知っています。


しかしここで止まることはできないので、これまでの私の心情日誌の一部を祝福家庭の皆様に共有することにしました。


一人で書き綴ったものなので整理ができておらず、ぶつぶつと長く綴ったものなので他の方々が時間をかけて関心を持って読んでくださるだろうかと心配でもあり、内容が本当に…恥ずかしいのですが、それでも幼い二世の志を一度見ていただければ幸いです。み旨と教会に対する悩みを多くの祝福家庭の方々に共感していただければと思い、勇気を出して共有することにしました。



読み直しながら理解しにくい部分には少し説明を付け加え、実名を出しては失礼ではないかと思い隠してはどうかと悩みましたが、できるだけ手を付けないようにしようと決めました。その瞬間瞬間の私の悩みをそのままお見せしたいと思います。どうか広い心で読んでいただければ幸いです。私が間違って理解している部分があるからと途中で読むことを止めたりせず、これは一人の幼い者だけの問題ではなく、統一家の二世全体の心と悩みを代弁していると考えて、周囲の二世達に正しい道を指導していただければ幸いです。 


05.31(木)


  今日(イム・ヒョウォン二世)部長が声明文を安山の食口に発表した。いつもカカオトークをあまり確認しないので、遅れて確認するかもしれない状況だったけど、すぐに、多くの人の携帯電話に「部長の声明文が送られた」ということを知った。「知ってる?」「これってどういう意味?」「これって違う気がする」などという言葉から、部長の声明文が多く食口を混乱させているという感じを受けた。声明文を書いたという話は聞いていたが、「一体、何をどのように書いたのか」胸がドキドキしてすぐにカカオトークを見ることができなかった。


読まなくてよいものなら読みたくないという気持ちになるほどだった。でも読まなければ状況把握ができないので、心配半分期待半分で読んだ。声明文を読みながら「結論から申し上げますと」という言葉から始まった内容は、私が読んでも「このように言ってしまえば当然追い出されてしまう」と思った。私が書いたわけでもないのに怖いものを感じ、読みながらひたすら部長の家庭が心配になった。声明文をよく読んでみるという余裕なんかなかった。


いつも多くの話を交わしていたのでこのような結論に至ったということも分かったが、声明文に書かれた内容はいつもの会話での内容とは深さが違った。摂理の内容、顯進様が長子であること、真の家庭と三大王権の崩壊、お母様を神格化している!…等の言葉は、いつも部長と話しながら「そうじゃないかもしれないじゃない」といって始まっては終わった話の結論のようで、今まで悩んで来られた内容がどれほど重く、深刻だったのかを感じた。しかしその声明文だけでは部長のことも、声明文に出てきた顯進様や家庭連合…すべてのことを理解することができなかった。



 食口の中には部長の声明文が学生達に広がらないことを願う人たちもいた。部長の声明文には、今後も対話を望み、それでも共にしたいと表現されたが、私の結論もまた「成和学生には見せないでおこう」というものだった。



 部長は数時間もしないうちに安山教会の教会長(個人的には部長のお父さん)によって公職の位置から退くことになった。「教会長はどう思われているのだろうか?部長はこのような結果を願われたのだろうか。おそらくこうなることは分かっていただろう」…今までの部長が一瞬思い浮かび、二度と会えないような気がして胸がつまった。



 それなのに何にもなかったかように部長から電話があった。「あっという間に首になってしまった。こんなにすぐに首になるとは思わなかった。やはり分派に対しては…」という言葉に「部長はそのままだ」と確信した。昨日も、一昨日も、声明文の内容を話していながら、声明文が発表されてからわずか数時間で不信の思いが私にも湧いた。「昨日までの部長のままなのだろうか」「部長はどのような立場なのだろうか」と疑心し「後悔しないのだろうか」と心配になった、これからどのように部長に対応すべきか、何度もシミュレーションしたが、部長はそのままだった。



 部長も怖かったという。それでも食口の中には慰めてくれる人もいて、力を出せたという。決定を尊重するという人もいたという。すべての食口を本当に愛してきた結果であり、いつもの行動の結果だと思った。それとは逆にごちゃごちゃ言う人もいたらしい。私はそれは当然のことだろうと思った。あまりにも鋭い文章ではなかったかと思った。


部長の答えは、責任感のある行動とは何なのかについて精誠を尽くした結果だというものだった。部長の感じた責任感とは、私たちが目的地を失い、方向性を失っているということを伝えることだとし、私は考えていることのすべてを理解することはできないが、何を言いたいのかは分かかった。しかし私は「それは確かなことなのだろうか。部長が間違っているのではないだろうか」という疑問が通り過ぎった。「そうじゃないかもしれないんじゃないか」ではない、本当に今、その言葉の意味を知らなければならないと考えた。



 一日中、頭の中が複雑になった。食口たちは傷つきはしないか、皆は混乱しないだろうか、部長は後悔しないのか、霊界の真のお父様に杭を打ち込むことではないのだろうか、真のお母様は傷つかれないだろうか…神様はこの様子をどのように見ておられるのだろうか。真のお父様は。いくら祈っても何が何だか分からない。


 06.01(金)


 一日が長かった。起きてみると携帯電話には多くの不在着信が入っていた。教会長、教授、協会からも…なぜか「私が何で… ;;これほどまでに」という思いと共に、まだ始まってもいなのだろうが「苦しい」という思いが先に立っていたようだ。今後、このような関心や監視が続くんだろう…嫌だな… 。



普段電話のない人から突然電話がかかってきたので、明らかに寮ではできない話のような気がして、すぐにカフェに荷物をもって出かけた。



教会長は大丈夫かと聞いてくれた。不安そうな声に何も言えない私がいた。すまないと言われるのに対して、大丈夫ですとか、大丈夫ですかとかいう言葉が言えなかった。頭の中では部長の空席を埋めるようにしますという言葉が思い浮かんだが、その言葉が力になれるのか軽率なのか判断できず、口に出すことができなかった。普段からどれほど教会長と話してこなかったのかを実感することになった。いつも部長に話せば事はすんだ。部長が教会長に話して、教会長は会うたびに私を褒めてくださるだけだった。どれほど楽に過ごしてきたのかを改めて実感した。



教授は「君は何をする気だ」と言われた。「何をする気かって。(笑)私はここにいるつもりです」と答えた。「こことはどこなのか」「当然、家庭連合です」と答えた。詳しく話さなくても会話になった。いや、それよりも教授は声明文を既に読だと言うが…少し…部長の声明文で食口が混乱するだろうと思ったが、このように波紋が大きいとは…何だか私たちには分からない世界が明らかにあると確信した。



(協会の青年学生局)次長に電話をした時は、会って話したいと言われた。次長は部長を知っている方だった。部長を心配しているかのような声だったが、意図は明確だった。下にいる他の教師や青年たち、成和学生たちに影響があったかどうかを確認したかったようだった。今日でなくてもと思ったが、今すぐ鮮文大に来て、安山まで連れて行ってくれると言われた。安山まで行きながら話そうと言われた。率直なことろ「こんなに早く?突然?うわ…本当に、顯進様が何を間違ったのか、何をしたのか、どうして皆こうも大騒ぎするのだろうか…」不思議でたまらない。



今まで顯進様には何の関心もなかった。H1やH2に行けば、原理が分からないから行くんだろう。そう判断していた。いつかそこで何を言っているのか調べてみようとも思ったことはなかった。昨年に「ダマレ」というブログを友人から聞いた時、気にはなったが自分で直接確認しようとはしなかった。そんな噂は私には重要ではなかった。ただここに、現在の家庭連合に!


文化も教育もなく、ビジョンも、口だけビジョン2020と叫び、本当に何をしているのかも分からなかった、現場は深刻で、祝福の価値も、真の家庭の価値も、二世という価値も、何もなくて、毎日、行事を一つすればそれで満足し…現場が本当にどれほど深刻なのか…はぁ…毎日、格好良く祝福家庭だとか言うが、摂理が忙しいと言い訳して祝福家庭の教育も管理も保護もしないので、二世たちは皆出て行ってしまった。


それだけでもきちんとケアすれば「食口は2倍だ」と言いたい。そのような状況の中で、不正が暴露されるブログまで見れば…はぁ…友達の「ヨンジュが見ると100%腹が立つから見ちゃだめ」という言葉に共感しながら、最初は関心を持たなかった。



それでも皆が話すので、聞きたくなくても聞こえてしまう。そして結局そのブログを見た時、顯進様、亨進様の近況は知ることができなかった。ただひたすら、ユンOOという人の話だけだった。その人は、本当にすごそうだと思った。いや、そこに出てくる言葉が全部事実でも食口たちがじっとしているのなら、それも尊敬だ。


ユンOOがどうこうした、そのような話が人々の口から出るたびに「そんな人がどうしてお母様の傍にいるのだろうか」と思っただけだった。「真のお母様は大丈夫だろうか。ご存知ないのだろう。ご存知なのだろうか」そしてそのブログは、多くの指導者が自分の不正や自分の話が載らないかいつも気になって常に確認するところだという…時には真のお母様も気になって報告を受けるブログだとかという噂まで聞いた時は、本当にこれは何なのだろうと思った。



 これは何なんだろう…という思いで協会の次長をカフェで待っていた。(イム・ヒョウォン)部長から数ヵ月前にもらった本を取り出して読み始めた。顯進様の講演文集「神様の夢の実現」だった。顯進様を全く知らないので、本でも読んで見なければと思った。本は「はじめに」から期待以上に感動した。


とりあえず本の前には真の父母様のお写真があって、真の父母を否定したり、無視する態度はどこにも見られなかった。こんなにも神様や真の父母様を愛しているのか。このような言葉を言える方なのか。何か。あぁ..何、凄いんだけど。ところで、どうして出て行かれたんだろう。なぜ…


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